2016年05月02日

adieu(さようなら)、ベトナムの小島

4月に2週間の素晴らしいバカンスを過ごしたフーコック島
(地図上ではカンボジアの下)は、砂浜と穏やかな海、常夏の
太陽があるのみの小さな島だが、今後、一大リゾート地として
開発する計画のようで、空港も道路も拡張工事、沿線沿いには
大小のホテルなどをずらりと建設中です!

「そんなにホテルを建てて大丈夫?」と心配するくらい・・
ホテルの客は殆んど欧州系だったが、欧州はまだまだ
不景気なんですけどね・・・。それに太陽と砂浜だけで
2〜3週間も満足するのは欧州人くらいでしょうしね

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ホテルの敷地内は、美しい静かな別天地だが、一歩外は
いたる所、工事中で道路は歩道も掘り返されている状態
そのせいか街に出る観光客はあまり多くないようだった

街と言っても、島の中心街にあるナイトマーケットか、
幹線道路沿いに並んでいるレストラン街だけだが
ホテルばかりでは飽きるので、時々は外に夕食に出る

そんな中で1軒の寿司屋さんを発見!、若いベトナム人の
経営のようだが、日本人がほとんど来ない(いない)小さな
島でわざわざ寿司屋を経営するなんて、「寿司」は、すっかり
国際的な食べ物になったのですかね?

サイゴンの街には日本の企業も日本人も多いようだが
飛行機で40分のこの静かな島まで、休暇に足をのばす
日本人はいないらしい。

恐る恐る入ってみると、テーブルはベトナムの小さなテーブル
と低い椅子だが、壁にはウチワやすだれ、たくさんの浮世絵が
飾られ、純日本風なインテリア、店もこっざぱりと清潔でした!

安心して、まずは日本のビール、それから私は煮込みうどん
彼はお寿司を注文したが、予想以上に新鮮で美味しかった!
「はい」「はい」と小腰をかがめて、礼儀正しく注文を聞く
お兄さんの態度は行儀の厳しい日本で躾けられてきたみたい!
日本で修行をしてきたのかと聞くと、日本ではなくカンボジアの
日本レストランで修行したという。

カンボジアはまだ知らないが、カンボジアもベトナムにも
日本文化は深く浸透しているのかもしれません

このお兄さんの優しそうな笑顔がとても美しかったので
3度も通ってしまいました。結構、現地の人が食べに来ていて
お酒を飲みながら刺身をつまんでいたり、カツ丼を食べたり・・・
何だか日本の庶民的なレストランの雰囲気でした

戦争中、ベトナムに来た日本の兵隊さんは、しばし
故郷に帰ったような雰囲気を味わったかも・・・、
なんて考えてしまいました。

ベトナム人の笑顔はとても美しい人が多かったが
それも純真な笑顔、まだ純真な人が多いのかもしれませんね

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2016年05月01日

浜辺でマッサージ三昧

さて、2週目はゴミの浮かばなくなった美しい海で
午前中は泳いだり、パラソルの下の長いすで読書をしたり・・・
のんびりくつろいでいるとマッサージのおばさんが来た!
「200000ドンでグッド・マッサージをする」と親指を
立ててみせる

気候は丁度過ごしやすい時期だったが、欧米のシーズンから
ずれているのか、沿岸沿いの各ホテルにも客が少ないようで、
浜辺の寝椅子も、レストランも空いている
お陰でおばさんのマッサージの仕事もあまりないようだ

値段も安いし「OK」と言う。200000ドンは8ユーロ
8ユーロで1時間のマッサージ、安いです!。
サイゴンのマッサージ店でも同じ値段だったが、ベトナムの
金額は0が多すぎて分からない!。0の数を見ると恐くなるが
ユーロに直すとビックリするほど安い・・・・

物価が、かなり安いベトナムでは多少贅沢してもパリに
比べれば安い、安いと私たちは喜んでこの時とばかり、
爆食、爆飲、爆マッサージ・・・・?

難しくない客と見て、おばさんはそれから連日、
「今日もマッサージするか?」とやって来た
結局、マッサージを5日間、毎朝してもらった

5日間で40ユーロ、パリの1回分にもならない。
お互い、カタコトの英語なので意思疎通は難しいが
すっかり顔なじみになった。

最後の日、もうこれで最後だと言うとガッカリしていた!
おばさんは「この島から出たこともない」という。

この小さな島から出たことがないなんて・・・  😞
私が、もう少しお金持だったら、このおばさんをサイゴン
(ホーチミン市)見物にでも招待してあげたいと思うけど・・・

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2016年04月30日

海岸でゴミ拾い?

若い時は安いホテルでも良かったが、ホテルは少し
リュックス(贅沢)が良いと、昨今は良いホテルを選ぶ
確かに、高級ホテルは設備もサービスも申し分ない! 

今回もかなり良いホテルを頼んだらしい(彼の仕事なので)
なのに、なのにです!。全てが結構づくめのホテルで
1日目から海岸ではビックリする光景に出くわしました!。

「なっ、何なんだ?」

さすが、ホテルの前の砂浜はきれいに掃除がしてありましたが
波間に漂う無数のビニール袋や空のプラスチックの菓子袋・・
これが高級リゾート地でも後進国の実態か?

とても一人では拾いきれる量ではないと諦めていると、白髪を
なびかせたお爺ちゃん(で、ムッシュウ、アインシュタインと
命名した。ホテルのバカンス客)が、黙ってみてはいられないと
思ったのか、波打ち際に立って、流されてくるビニール袋などを
拾っていたのです

私もエコロジストの観点から魚たちがビニール袋を食べて
窒息しないように少しでも海洋のゴミを減らしてあげたいと
ゴミ拾いを手伝うことにして、私は海の中に入りました

お爺ちゃんと二人で半日ほどゴミ拾いをしたが、勿論
広い大洋のどこからか流れてくるゴミの山は切りが無い!

次の日も、午前中はお爺ちゃんとゴミ拾いを楽しんだ(?)
何しにバカンスに来たんだか?、と思い、彼のために
午後はきれいなプール・サイドで過ごすことにした

3日目はお爺ちゃんが諦めて(?)いなくなった代わりに
若いフランス人女性がこの環境保護運動に取り組んでいた
私もゴミ拾いをし始めたのを見て、お仲間と思ったのか
にっこりして、この女性がホテルの従業員に波打ち際まで
持ってこさせたゴミ箱に拾い集めたものを入れるように合図

二人で、まるで大漁の魚でも見せびらかすように
波間から拾い集めた大量のゴミを持ち上げて見せあった!
私たちには一種の遊びだったが、「リゾート客が海岸で
ゴミ拾いをしている」光景は、一流ホテルとしては
恥ずかしいでしょう。良い宣伝にもならない!

客が好きでやっていることを止めることはできないし・・、
ホテル側がどこかに通報したのか、共産党(独裁?)政権の
強みか?、鶴の一声で沖で漁業をする漁船らに「ごみを一切
海に捨ててはいけない」という厳しいお達しが出たのか?

5日目か?、朝食後、いつものように砂浜へおりて行くと
不思議なことに目の前にはゴミの漂っていないうつくしい海が
広がっていた。あれだけ大量に波間に漂っていたビニール袋など
どこにも見えない。 又もや「あれれ?????・・・」  😖

フランス人の女性も私もキツネにつままれたような顔!
「何はともあれ良いことだ・・」と、二人で顔を見合わせ
肩をすくめて、やっとそれぞれバカンスのやるべきこと
海辺やプールサイドの寝椅子に寝転がって読書や昼寝の
日課に戻ることにしました

プールサイドで、アインシュタインが読書をしていたので
「もう海にゴミがないよ」と言ってあげたら笑っていました
きれいな海で泳げるようになって良かった、良かったね!

それにしても、不思議な現象・・・・
一日でどういう奇跡がおきたのかしら?
波間に漂う大量のビニール袋などが消え、海の透明度も
まして足元まで見えるようになっています・・・

これは、幾ら共産党政権の命令でも無理でしょう
海中で何かあったのか?

そう言えば、その頃、熊本で大きな地震があったと
ネットで知ったが関係あるだろうか?と、後で考えたが・・

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2016年04月29日

いよいよフーコック島へ

いよいよ今回のバカンスの本当の目的地、ベトナムの最南端に
あるフーコック島へ出発、ホーチミン市の空港から飛行機で
4〜50分程度、昼寝する間もなく着いてしまいました

フーコックの島の海岸で2週間弱、のんびりする予定です
ホテルからの迎えの車に乗り、まだ舗装されていない
埃っぽい砂利道の道路をしばらく走リ、随分、未開の島に
着たと思いきや、着いたホテルは天国みたいに美しい所でした

広々として開放的な空間に、お洒落な真新しい建物
南国の花が咲き乱れる庭園に、正面には海岸が広がる

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IMG_20160411_111318051.jpg私たちの部屋は最高のロケーション

IMG_20160411_125025576.jpgプールから眺めるサンセット
この時間はホテルからのハッピーアワーのサービスで無料で
カクテルが配られるのでカクテルを飲みながらサンセット

部屋は広々として、洗面室も広いのにシャワーが外にある
壁で区切られている専用のお洒落な中庭でシャワーを浴びる
中庭も広い。そんな贅沢な空間でシャワーを浴びるのも
おつなものでした。農民か?王侯か?の気分でした! 😃

このホテルは外観も美しいが、このように部屋の内装にも
シンプル、素朴さの中にオリジナルな気配りがされていた。
更に、庭園の至る所に置いてある小さな動物の置物などにも
息吹が吹き込まれるようです。

ある日、プールの中からふと目を上げると、あちこちの
白い台座の上にいつの間にかネコの像が鎮座しています!
突然のネコの出現に、「あれっ?、今まであったかな?」

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「猫の像にはどんな意味があるの?」と、フランス語が
少し分かる受付の女の子に聞くと「猫はベトナムでは
金持ちの印なの」と言っていたが本当かな?

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ある日、橋の上などに鎮座していた可愛い小羊の置物が
1本の木陰に集団で移動して休んでいる光景を発見!
牧歌的な農場風景を作ったつもり?。笑ってしまった! 

男性観光客の一人も「あれっ、こんなところに?」
と驚いて、笑って写真を撮っていた、

庭師の仕事か?
それにしても随分自由な、気ままな遊び心があるものです!
これは、ホテルのオモテナシ?

ベトナムって、面白い国かもです・・・





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2016年04月28日

豪華な「アオザイ」に感激!


ベトナム語はとても読めないのでホーチミン市のシャンゼリーゼと
私たちが勝手に名付けた大通りをサイゴン川に向かってブラブラ
散歩をしているとアオザイの展覧会があった。

ベトナムの伝統衣装、アオザイに特別な関心は無かったが
気ままな旅の空、特別やることもないので飛び入りで入って
みることにした。入り口のお兄さんが150000だけど、本当に
入るのかとビックリしたような顔、こちらのほうがビックリしたけど
「入る」と返事をすると、入り口で入場料を払わせエレベーターに
案内して、4階か、5階のボタンを押してくれた

会場の受け付けで入場券を見せると、やっとアオザイが展示してある
大部屋へ通されるが、衣装の展示場にしては薄暗い部屋だった!
これじゃよく見えないじゃないかと思ったが、薄暗い部屋に
ずらりと並べられた衣装(アオザイ)は、それぞれ息づいている
かのような不思議な雰囲気をかもし出している
この暗さは計算されたものなのかも・・・?  😖

初めてみるアオザイの多様なモチーフに目を奪われた
美しい花模様、腕を広げると蝶のようになる振袖スタイル
或いは、昔の貴族用か豪華な刺繍入りのアオザイ・・・
こんな見事なものもあったのかと見惚れるものも多かった

写真は禁止なので、出口で絵葉書はないのかと問うと
ないと言う。社会主義国は商売っ気がないようです 😞 

説明は要らないと言ったのに、若い女性がずっーとつかず
離れずついてきていたが、あれは見張りだったのか・・・
やっと社会主義の国へ来たという印象を受けました

次は、思い切りオープンなところへ行ってみようと
ホーチミン市を一望に見渡せるという一番高いビルに
上ってみることにしました。本当にホーチミン市が一望に
見渡せました。足元では次々と高いビルディングが建設中
ベトナムの経済がすごい勢いで発展中なのが見て取れます
日本の企業もかなり加わっているようです・・・

マッサージ店で日本企業に勤める日本人男性と出合いました
何もないところとて休日の気晴らしはマッサージくらい?
それと鮨、ベトナムのマグロは日本より美味しいとか・・・
確かにマグロは美味しかったです

今も、こんな(?)海外の途上国で頑張る日本の企業戦士たちが
いるんですねえ・・・。 お疲れさまです

ホーチミン市を見渡せる一番高い展望台の一室では
「アオザイ」の歴史をビデオで流していました
先ほど見た展示会のアオザイと比べながら、もう一度
アオザイの歴史を興味深く拝見することが出来ました

街やレストラン、空港などで普段、よく見かけるアオザイは
無地でシンプルなものが多いが、本当はこんなに素晴らしい
豪華でシック、そして芸術的なアオザイもあるのだということを
知りました。これらが美術館だけで展示なのは勿体無いですね





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2016年04月27日

ホーチミン市(旧サイゴン)の日本人街

ホーチミン市で泊まった中心街にあったホテルから
ブラブラ歩いて行ける散歩距離に日本人街があった
日本人街には、日本人経営、ベトナム人経営(?)などの
日本食、すし屋、その他のレストランが軒を並べていた

夜になるとドッキとするような超ミニに着替えた女性たちが
マッサージ、マッサージと呼びかけるマッサージ屋も軒を並べ
夕方になると日本の歓楽街といった趣にも・・・

私たちは3日間ともこの日本人街に通って、ベトナムの
日本を堪能した

寿司バーというベトナム人経営(?)の人気の店に入ったが
入ってくるお客がベトナム人であれ、欧米人であれ、
全員に「いらっしゃいませ」が連発されていて面白い!
店内では「有難うございました」「はい」という日本語が
徹底されていて、ふと日本に帰ったような気分にもなりました
容姿も小柄な日本人に似ているのです  😃

日本語学校へ通って、日本語を勉強しているという女性も
いました。

お蕎麦屋を経営している日本人男性が、「ベトナムは活気が
あって楽しいですよ」と言っていたが分かるような気がしました
皆さん、明るくて元気がよいのです


20160501140907179.jpgホテルの瀟洒なオープン・テラスのレストラン

20160501141258603.jpgホテルの屋上のオープン・テラスのレストラン
から夜景を見ながら、食後のカクテルを楽しみました

20160430141138188.jpg 下は歩行者天国になっています
土曜日はお祭りのような凄い人出でした

その歩行者天国の正面には、今は「人民委員会」という嫌な
名前になっていますが、フランスの植民地時代の建物が残り
現在の無粋な名前とそぐわない、ロココ風な優雅なたたずまいが
かすかに往時のサイゴンを忍ばせています 
 
でも、ベトナムでは「昔は遠くなりにけり」のようです  😃





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2016年04月26日

ホーチミン市(旧サイゴン)散策

三泊したベトナムの南都、ホーチミン市(旧サイゴン)では
一日、午前中、市場を訪れたが買いたいものはなし、
午後は、市場の喧騒を離れてお寺を訪ねることにした

少し、市内から離れているようなのでタクシーで行く
ベトナムは、まだタクシーがとても安い・・・
運転手さんもとても親切!

ベトナムの人は、物静かな感じで煩さを感じさせない!
程よく遠慮というのも弁えているようで、日本人と気質が
似ていると思ってしまいましたが・・・

最初に行ったお寺は、天后宮という寺院!
美しいのは名前だけだった。この寺は、寺院という日本人が
一般的に持っているイメージとは180度違いました
俗悪と人間の欲望と狂気の渦が巻くような異様な印象  😞

「華人(華僑)の寺」だと聞いて何となく納得・・・? 
後でガイドブックを見たら「中国そのもの」と書いてあったが
中国とはそのような「邪と狂と欲」の世界なのかもですね?

寺院の外は何となく不潔だし、内部は地獄のような暗闇に
恐ろしげな像が乱立していました。これが仏像?
頭を地面にすりつけて、熱心にお祈りしている人がいたが、
祈る相手は神仏か悪魔か?と、不敬なことを思ってしまった!

早々に退散して、次に向かったのは「覚林寺」(ヤックラム寺)
ここはベトナム人の寺(?)なのか、もっと落ち着いた静かな
雰囲気がありました。入り口にあった五重の塔の中で
先刻の邪気を払うためにしばし休息、ここは、内部も明るく
開放的、広い庭も静かで落ち着ける寺院らしい寺院でした 😃

覚林寺でゆっくり休んでしまったため、もう一つの目標
覚園寺には行けなかった!。 覚園寺は古刹と書いてあるが
写真で見ると美しい庭園がありそうだったのに残念!、

サイゴンは真夏の暑さなのですが、乾季だったせいで
湿度もなく過ごしやすい気候、快適な旅行日よりでした!

20160430144902784.jpg覚林寺の五重の塔

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覚林寺の庭にこんな花が咲いていました
まるで極楽浄土から降臨してきたような花・・・

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その落ちた花で、木の根元にこんな飾りが・・・
誰がやったのか、子供か、庭師か、住民か・・・?

ベトナム人、長年のコミュニスムに毒されなかったのか
遊び心が残っているようですね  😃
 メデタシ・・・





posted by パリせいかつ at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | バカンス先より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

ベトナムは予想以上に元気な国でした

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4月に2週間少々、ベトナムで過ごしてきました
ベトナムの最南の島、素朴なフーコックで優雅なバカンス!
素朴と言っても、今、ものすごい勢いでリゾート・ホテル
などの建設ラッシュでしたから、数年もしないうちに
一代リゾート地になるかもしれませんが・・・

ベトナムよりもカンボジアに近い島ですので、
領土問題はないのか?、と思ってしまいました

フーコック島へ行く前に、ホーチミン市(旧サイゴン)で三泊
そのサイゴンの街で驚いた光景に出くわしました! 😞
イナゴの大群のようなバイクの群れ、ウンカのごとく湧き出
タクシーや車の間に割って入り、道路を埋め尽くして
走っているのです。これが一日中途切れることがない!

「皆さん、そんなに大勢でどこへ行くの?」と、思ってしまった
不思議な光景でした。 しかも二人乗り、3人乗り、なかには、
小さな子供、赤ちゃんまで抱っこして走っている。危ないなあ!
(ヨーロッパや日本だったら禁止されるでしょうね)

皆、ヘルメットをかぶり、三角のマスクで顔を隠している
せいか、何となく不気味な集団に見えました・・・
これらの恐いもの知らずのような若者たちのバイクの軍団を
見ていると、ベトナム戦争でアメリカが苦労したのが理解
できるような気がしました

ベトナム兵、恐るべしかも?、それにあの膨大な人数!
ベトナムは少子化などの問題はないだろうなと思います

事故は結構あるということですが、私が滞在した4日間、
事故は見ませんでした。皆さん、運転は巧みなようです
ホーチミン市(サイゴン)の道路事情の最悪さは、何よりも
横断する歩行者のための信号が殆んどないこと・・


歩行者は、車や、暴走族のように(?)疾走してくる
無数のバイクとバイクの合間を通り抜けなければなりません
途切れるまでなんて思っていたら一日中渡れそうもない!
コツはゆっくりと歩くことだそうです
ゆっくり歩いて横断すれば、バイクや車の方がよけてくれる
急いで歩くとバイクがよけられないのでぶつけられる!

とにかく、道路を渡るたびに胆を冷やしましたよ
バイクも車もスピードをゆるめてくれないのです! 😠

一流ホテルの前と言えど、道路の反対側に渡る時は
ホテルの誰も助けてくれませんでした。このような環境で
生きるベトナム人は自立心が養われる訳だと思いました
甘ったれた日本人には緊張感を取り戻してくれます

ベトナムは、まだまだ貧しいインフラ途上国・・・
今、そのインフラ整備の一環として、ホーチミン市に
初の地下鉄が工事中、日本の建設会社が請け負って
ベトナムと共同で工事をしているようです


丁度、私たちが泊まったホテルの屋上から見下ろせる位置、
真夜中でも工事が続けられていました。写真を見ると素晴らしい
地下鉄ができそうです。「ベトナムー日本」と書かれた大きな
看板が掛けられていて日本人としては何となく鼻が高い  😃

フランスの植民地時代の建物も幾つか残っていましたが
周囲には高層ビルがどんどん建って、近代化も進んでいる
ホーチミン市、(サイゴンという名前が歴史や映画などで
聞きなれていたせいか、ホーチミンという名には違和感を
感じてしまいましたが・・・)

時差呆けで、ばてていて、写真だけ投稿していましたので
文章は後からの追加でした!
おいおいベトナムでの旅行の話をしてゆきたいと思います




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2015年04月21日

(続)サン・マルタン島にて想ったことなど・・・


カリブ海の島でバカンスを過ごすなど、夢のまた夢のように
思っていたが、旅行好きの友人のお陰で行くことができました 

今回は、バカンスと言うよりも、回復不能と言われるシェーグレン
(涙や唾液の分泌が低下する自己免疫性疾患のひとつらしい)に
よるしつこい咳と手のしびれの症状が、きれいな空気と太陽と
海で少しでも良くならないかと期待した療養を兼ねた旅でしたが

だから、海水も身体に良いかと思い、なるべく泳いだり
砂浜の寝椅子で日光浴したり・・・、結果的にみると、咳と
手のしびれの症状は治まらなかったが、咳のせいで(?)
しわしわになったお腹の皮膚が張りを取り戻したようだ
やはり、日光と海水は健康(命の源)に良いのかも? わーい(嬉しい顔)

朝は、ホテルで南国の果物がいっぱいの朝食
昼食は海岸通りに並んでいるレストランで
夕食は、海岸通りに店を出していた仏人女性から
美味しいと進められた街外れのヨット・クラブなどで・・・
かなり痩せてしまっていたので、無理して食べるようにしたが
何せ、量がものすごいので、前菜だけでお腹いっぱいに!!
そのせいか、緑の袋にお持ち帰りをする人も多かったようです

サン・マルタン島のレストランでは、一度の食事で、
全然、贅沢しなくても二人で60〜70ドルは飛んでゆく
それが連日、二度の食事だと、ドルが紙くずのようでした! もうやだ〜(悲しい顔)
バカンスの後半に入って街の裏通りを散歩したおり
現地人(黒人)経営の小ぎれいな大衆レストランを見つけて
入ったところ、半分以下〜3分の1の値段で済んだ! がく〜(落胆した顔)

しかも、新鮮野菜たっぷり使った現地の料理!。
もっと、早く発見していればと庶民の二人は残念がる
長旅で、辟易するのは野菜不足の食事に偏ること
だんだん油っこい食事が喉を通らなくなりますから
胃が疲れると野菜の多い家庭的料理が最高です・・・ 
わーい(嬉しい顔)

カリブ海は、お金持ちの避暑地(否、避寒地?)というのは
間違いないようで、夕方のバーや浜辺で、シャンパン(しかも
ドンペリなど)をゆうゆうと飲んでいるおじさんたちもいる!
ある日、そんなおじさんの一人が、連日、一人で黙々と砂浜に
ホテル専用のパラソルや寝椅子を何十人分も用意したり、夕方
には片付けたりする貧しげなおじいさんに「ご苦労さん!」と
丸まったドルの厚い束を渡していた。おじいさんはとっても喜んで、
サンキュウという言葉を知らないのか、OK、OKと何度も頷き
お礼を言っていた  わーい(嬉しい顔)

近くにいたので、ふと目に入った光景でしたが
私も、あの大変な重労働をするおじいさんには最後の日に
私なりに奮発して(?)10〜20ドルくらいのチップを渡したいと
思っていたので心の温まる嬉しい光景でした。
やはり、見ている人もいるんですね
  

私は、暑い南国でのアペリチフには、南国の名物カクテル、
ココナッツ・ミルクを使った「ピナコラダ」が気に入った
ホテルのが一番滑らかで美味しかったが、店によって
味や滑らかさも大分ちがうんだという事も発見です

さて、「世界地図のワンダーランドと言えばカリブ海」などと、
案内書には書いてあるが、実際には、青い海、太陽がサンサン
こういう地上の楽園のような島にも悲惨な歴史が秘められてました

原住民たちではない現住民たちの顔を見れば、かつての
植民地時代の名残りが現代にまで色濃く残っているのを感じます
今では自信に満ちて、堂々として、にこやかでこの島の主だが
彼らはこの島の元々の住民ではない!。彼らは、奴隷として
連れてこられた人たちの子孫なのだ!
元々のこの島の原住民は何%残っているものやら・・・?

別の島の歴史には、現地人はほぼ絶滅したと書いてあった。
どういう人々がいたのだろうかと興味が湧く。(欧州の植民地
支配に抵抗した人びとは、皆、殺されてしまったのでしょうね)
その代わりに、労働者として連れてこられた黒人奴隷の子孫が
現在の住民たちになっているわけです
日本人には、なかなか想像できないことですよね

当時の白人にとって、有色人種はサル並み、否、家畜に
過ぎなかったようだから、彼らの運命はいかに残酷で
悲惨なものだったろうとは、容易に想像できることです

最近の日本の新聞を見ると、日本は戦後70年を向かえ
安部首相談話に日本の侵略や謝罪の言葉をいれさせようと
左翼や民主党などが躍起となっているということですが、
当時の欧米の植民地の実態を知れば、日本に統治された
アジアの国々は天国だったと思えますよ・・・
アジアの住民たちは日本人以上に大事に守られたのです!
更に学校、病院などのインフラも整備されたということです
 猫

植民地にされた、強制徴用された、侵略されたと騒いでいる
中韓人や日本の左翼は、もう少し世界の歴史を学ぶべきですね
本当の植民地ということがどんなものだったのを・・・・


島の人種が100%も変ってしまうような欧米の植民地政策の
過酷さを見れば、当時の日本が欧米の植民地化に死に物狂いで
抵抗したのが納得できました。
日本政府に戦争責任があると
すれば、それは日本の若者たちを戦争で殺したことだけです


本当の戦争責任者」は真実がばれるのを恐れ、東京裁判の
インチキがばれるのを恐れ、戦後70年たっても、今だに日本の
左翼、中韓を使って、日本に戦争責任を負わせたいのでしょう
真の愛国者の日本人はそんな嘘に騙されてはいけません! ちっ(怒った顔)

日本が自衛戦争をしなかったら、この美しいカリブ海の島の
ように、日本の住民も黒人になっていたかもしれないのです
あり得ない想像ではないでしょうね・・・

このちっぽけなサン・マルタン島(面積88平方km)でも
19世紀初めまでフランス、オランダ、イギリスが10数回も
島の所有を巡って戦っていたというのです。驚きです!
住民は、そのたび、振り回され、殺されていたわけです もうやだ〜(悲しい顔)

1848年にフランス領で、63年にはオランダ領で奴隷制度が
廃止されたといいます。街には鎖につながれた奴隷の像があって
ちょっと、ドッキリ、ビックリしましたが、

現サン・マルタンの住民は過去より現実に生きているようです
賢いですね   バンザイ!


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2015年04月20日

カリブ海の島でバカンス


ご無沙汰していました!
今期の冬のバカンスはサン・マルタン島で2週間!
サン・マルタンがどこにあるのか知らない人のほうが多いでしょうね
(私も知りませんでした) ふらふら
カリブ海に浮かぶ小さな島です! 強いて言えば、マイアミ
の下、キューバの斜め下、仏領のグアドループやマルチニック
などが並んでいる島の中の一つと言えばよいのでしょうか・・・

カリブ海と言えば、海賊や麻薬ギャングのイメージが強いので
私は何となく、カリブ海と言うと恐い所を想像していましたが
とんでもない!。地上の楽園のような島でした! わーい(嬉しい顔)

IMG_0320.JPGパリにはない南国のブルー!

カリブ海の島々には、昔の植民地の名残りで、今でもフランス領
英国領、オランダ領などが残るようですが、サン・マルタン島は
上3分の2がフランス領、下3分の1がオランダ領です

ですが、仕事などで、両サイドをバスで行き来している住民たち!
「国籍は仏人、蘭人か?」と考えてしまったが、ほとんどの島の
住民の出身地はアフリカ系なのですから、サン・マルタン人と
呼んだほうがふさわしいような気がしました。
島に着いた当初、カリブ海の島の住民が、アフリカ系黒人だった
ことにビックリしたのですが(だって、地理的には・・・、それに
映画でみたカリブ海の海賊は白人系が多かったし・・・)
でも、それは私が無知でしたね
かつての世界には植民地、奴隷という制度があったのでした!。 
でも、ここまでとは・・・がく〜(落胆した顔)、やはり百聞は一見にしかずですね

島には、小型の乗り合いバスが頻繁に走り、安くて便利!
タクシーだと20ドルだが、乗り合いバスだと1ドル〜2ドル
一日、バスを乗り継ぎ、フランス・サイドの海岸へ行ってみた
小さな島なのに、フランス・サイドとオランダ・サイドでは
ちょっと雰囲気が違った!。

フランス・サイドの海岸の整備は今一だったが、街の雰囲気は
ちょっとお洒落な、かつての植民地風の建物が多い!、
瀟洒な別荘地も道路もより整備されているような気がした
オランダ側では、乾燥した山にヤギ一匹見なかったが
フランス側ではたくさんの牛を飼っている牧場さえもあった!

オランダ人は、瀟洒な個人の別荘よりタックス・ヘイブン?
外見より実質的なものをとるのがオランダ気質なのか??
そんな違いがなかなか面白いと思ったサン・マルタン島巡り
でした!

話す言葉はフランス・サイドでは、勿論、フランス語だが
オランダ・サイドはアメリカ人観光客が多いせいで英語!
若い現地人は、どちら側の仕事へもつけるようにか(?)
どちらの言語も話せる人も多かったようです。その他に
スペイン語なども、バスの運転手さんが話していたり
国際色豊かです。時々、年寄りたちは現地語も・・・
バスの中で耳にした言語はチンプン、カンプン・・・???

私たちが滞在したオランダ・サイドの海岸には、日、月以外には
アメリカ(マイアミ?)から、5000人乗りくらいの巨大な豪華
(クルーズ)客船が寄航、連日3〜4隻並んで停泊しています

そんな日は、普段は静かな海岸通りの遊歩道も、レストランも、
パラソルと寝椅子が並ぶ砂浜も満席!!。どうしてこんな小さな
貧しい島にと最初に不思議に思った超高級腕時計店や宝石店、
カジノ、ブランド品の店が並ぶ小さな町の狭いメーン・ストリート
にもアメリカからの観光客で溢れ、活気を呈します

どうやら、このオランダ側はタックス・ヘイブンの島になって
いるようです。そのせいかオランダもEU圏なのにドル建て!
オランダ領では、ドルとユーロが同じ単価だが、フランス領では
ユーロで示されていて、ドルで払うと高く取られる不思議さ??
まあ、バカンス中、細かいことは気にしないしかない・・・ ふらふら

特別な産業もない小さな島は観光業で成り立っているとのこと
島の住民の90%近くが観光業で生活をしているらしい。
あの巨大なクルーズ客船のお陰で、この小さな島は他の島に
比べて裕福だそうだ!

そのせいばかりでもないだろうが、人びとは陽気で愛想がよく
親切だった!。島中が知り合いのような感じで喋っている!
知らない外国の私たちに向ける笑顔にも、温もりと優しさがあり、
私は初めて白人より黒人に親近感と親愛感を感じた
人間て皆、同じじゃないか・・・ 猫

とはいえ、いつまでも植民地時代のことや奴隷時代のことを
根に持ち、恨んでいるらしいグアドループやマルチニックの
住人は文句ばかり言って怠け者だとフランス人が怒っていた!
仏領、グアドループやマルチニックで不愉快な思いをした仏人は
けっこう多いらしい。お隣の住人なのに?、元は同じ人種なのに?
(まるで、文句ばかりたれている韓国人みたいかしら?)犬

ここまで、とりとめもなく書いてみましたが
まだ、時差呆けから抜けきっていないので頭がモウロウです
年齢と共に時差からの回復力は遅れるようですね
ですから、続きはまた明日にしましょう・・・ 

A demain!   














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2014年05月08日

飛行機の中で、「小さいおうち」を見た


4月にフィリピンの島でバカンスを過ごしたが
フィリピンへは、キャセイーだったので香港経由!
香港までの道中、飛行機の中で日本映画を発見!

普段、映画を見ないので、飛行機の中で面白い
日本映画を発見することがしばしばある・・・ わーい(嬉しい顔)

今回は、「小さいおうち」という、山田洋次の映画!
余りにも、かわいらしい題名なのであまり期待を
しなかったのだが、往復とも続けて2回くらいづつ
見てしまった 

和服の似合う美しい奥さん
割烹着が似合う可愛いお手伝いさん
優しいご主人
素直な子供
久しぶりにほのぼのする映画だった

韓流ばかりが騒がれ、もてはやされていたので
日本で、まだこんなほのぼのする美しい
日本映画が作られていたのかという驚きも・・・ がく〜(落胆した顔)


解説などでは、芸術家気質の若い男性と奥さんの
秘められた恋が主題になっているようだが、最近、
現代史に興味を持っている私には、当時の時代背景
が見れるのが面白かった・・・

平和で平凡な日常生活を送っていた平井家!
最後は、東京大空襲で赤い屋根のかわいい
「小さなおうち」が焼けてしまう

焼夷弾を集中攻撃された東京大空襲、大火の中
美しい奥さんと優しい旦那さんは防空壕の中で
抱き合ったまま、焼け死んでしまう

こうして、罪もない人びとと、平和な家庭が
破壊されたのか・・・ もうやだ〜(悲しい顔)

民家、民間人を爆撃した東京大空襲は国際法違反だと
百田 尚樹さんが言っていたことを思い出してしまった!

東京大空襲、広島、長崎の原爆などで膨大な民間人(赤子、
子供まで見境なく)を残酷に焼き払った連合軍こそ
東京裁判でA級戦犯にされて然るべきだったのかも・・・

山田洋次は、そんな象徴的な東京大空襲の場面を、
安っぽいちゃちな花火で表現したが、迫力不足だ!

あれでは、何も知らない人には東京大空襲の
恐ろしさも残虐さも伝わるまい ふらふら

それ以外は、映像も美しいステキな日本映画だ
松たかこさんの着物姿も美しい
久しぶりに日本の和の匂いを嗅いだ感じ

80点! 猫






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2014年05月02日

マラパスクワ(フィリピン)旅行で


今日は5月1日、ミュゲ(すずらん)の日でした
生憎、雨模様の休日

夕方、雨の上がった合間に、散歩に出ると
公園の入り口に、すずらん売りのおねえさんが
いたので、一束買いました

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小粒ながら、なかなか香りが強いです わーい(嬉しい顔)


しばらくバカンス先、マラパスクワ島の話題に
なってしまったが、今日も続き・・・

今日はホテルのネコちゃんのあで姿?
このネコくん、私たちのイスがお気に入りだったようです

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059.JPG 南国の花 フランジバニ

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テッパニー・ホテルの入り口の横にあるイタリアン
「アンジェリーナ」、イタリア人のマダム自ら調理場に
立つこともあるようで、味は本場並み

随分、このイタリアンにはお世話になったけど
私が一番気に入ったのはテンプラ

エビとイカ、それに根菜のテンプラが美味しくて
2日連続で食べてしまいました!
スゴイ量で、ピザなども食べ切れない大きさです

又、食べに行きたいけど遠すぎるのが残念、もうやだ〜(悲しい顔)

来年も、又、マラパスクワ島か、セブ島への
バカンスも悪くないかも・・・・ 猫




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2014年04月30日

マラパスクワ(フィリピン)旅行、小まとめ


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のんびりとバカンスを過ごしたマラパスクワ島
「隠れた楽園」と言われるようにまだまだ未開発の島
そのせいで、ゆったりとした時間が流れています

忙しい生活に疲れた人にはお薦めの島!
フレンドリーな島人たちの笑顔が心を癒してくれます
マッサージのおばさんたちは身体を・・ 猫

マッサージのお値段も、セブ島などに比べ超格安で
マラパスクワのマッサージは、何処でも300ペソだったが
セブの街では600〜800ペソ(ホテルではその3倍以上)

それでも、パリから比べれば超格安ですがねえ・・・
フィリピンに住みたーい!! 

客引きのお兄さんに「マラパスクワでは300ペソだった」
と言うと、「マラパスクワは安いからねえ」と苦笑された

マラパスクワでは、イタリア人経営のレストランでも
1000〜1400ペソ(15〜20ユーロ)くらいで
美味しいワイン、デザートつきで食べられる(2人分だよ)
フィリピン人経営のジンジンなどでは500ペソしない

マラパスクワは、予算の点でも楽園だったようです

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活動家にはダイビング、早朝ダイブでは、
ニタリと呼ばれる、このような「オナガザメ」が
見れるようですね
(日本人ダイブショップのヒロさんの写真を無断拝借)ふらふら

この「オナガザメ」の形は、マラパスクワ島の
シンボル・マークのようになっていました
(守り神かもしれません?)

これも守り神?
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2年前にマラパスクワを訪れた彼の話でも、この写真の
ように緑の豊かな島だったようですが、昨年の台風ヨランダ
で吹き飛ばされ、海岸のヤシの木陰も少々さびしく・・・ もうやだ〜(悲しい顔)

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私たちの泊まったテッパニーの横にある
大きなホテルもこのような有様になったのですからね
今は、ホテル関係は殆んど修復されていました
(殆んど、復興していないのは島民の住居だけ?)もうやだ〜(悲しい顔)

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この高台に、パルテノン神殿のようにそびえる
アミハンというちょっと高級な内装の地中海料理
レストランも台風一過後は、扉もテーブルも何も
吹き飛ばされて無くなっていたということですから
その威力は想像を絶したものだったのでしょう がく〜(落胆した顔)

修復が大変だったようです
それでも、島では死者ゼロだったとか、ニタリに守られたのかな?

ところで、ここのパトロンは新鮮な魚にこだわるようで
美味しい海鮮料理が食べられます(ワインも美味しかった)

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偶然、ブログで見つけた、テッパニーのこの日よけも
吹き飛ばされたのか、今回は藁(茅)の傘になっていましたよ

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ブーゲンビリアは健在でした

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ネコたちも・・・
お前たち、生きのびて良かったね!




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2014年04月29日

百聞は一見に如かず(フィリピンの旅)


今回、フィリピンへ行くまでは、フィリピンという国に
それ程、興味も関心もあった訳ではないが、フィリピンに
2週間余りも滞在すると、フィリピンにもフィリピン人にも
親近感もぐっとアップした!

どこの国でも楽しい旅行の後はそうだが
フィリピン人の明るいフレンドリーな国民性もあるだろう

それでも、最近は年齢のせいか、フィリピンから
帰って1週間、長旅のあとは疲れがなかなか取れない

昨日の日曜日は、白と紅のマロニエが満開に咲いて
いたリュクサンブール公園を散歩したが、気温は
3月頃(バカンス前)より低めな感じ

大気汚染のせいか、プラタナスの実が割れる時期のせいか、
花粉症の症状が出る(マスクをしたら呼吸が楽になった)

どんな素晴らしいバカンスでも2週間も経つと、私は
外食に疲れてパリの我が家が恋しくなるのだが、それでも
気候の悪いパリに戻ってくると、そぞろあのテッパニーの
椰子の木陰が懐かしくなってきたようだ

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このテパニーのネコちゃんは
島で一番、幸福なネコかもしれません! 猫

先日、日本を訪問したオバマ大統領も日本の次ぎは
韓国、マレーシア、フィリピンと訪問するらしい

だが、米大統領の訪問など、その日暮らしのフィリピンの
貧しい庶民には何の興味もないことかも知れない

まだしも、観光客の方が直接、ペソを落とすだけ
民衆には喜ばれるだろうと思う わーい(嬉しい顔)

オバマ大統領が、フィリピンに行っても、
フィリピンの貧しさなど何も分からないまま帰国するのだろう

外国の指導者たちは外国へ行ったら、その国の一番
貧しいところを一番先に見るべきかも知れない!
そうすれば、その国の現状が分かると言うものだ

フィリピンは、スペインに323年、アメリカに
戦前まで48年間も占領されていた歴史がある
400年のロスは大き過ぎるのかも知れない 

今は独立したとはいえ、今だに植民地支配から
脱け出していないようなフィリピン人の貧しい生活!
それでも、彼らは明るく頑張っていた・・

セブ島では、ホコリっぽい道路いっぱいに古い
ジープ、バイク、自転車を改造した様々な庶民の
乗り物が氾濫していたが

マラパスクワ島には、車は一台もない!
島も大きくないから必要ないのだろうが、まず、車が
通れるような道路も整備されていないせいか?

島内の交通手段は徒歩かバイクのみ、どうやらバイクは
島の若者の少々のアルバイトにもなるらしい

島の最北端の灯台まで2キロほど歩いた私たち、帰りは
疲れ果て、村の若者のバイクに乗せてもらった。
50ペソと言うことだったが、たった一人の子供を病気で
亡くしたとか、それにとても親切な若者だったので100ペソ渡す。
100ペソでも1・65ユーロなのだ ふらふら

頼みもしないのに、灯台まで案内してくれた小さな
女の子には20ペソ、彼らは、このように家族全員で
僅かなお小遣い稼ぎをして暮らしているのかも知れない

小さな女の子たちが路上や海岸で「スーブニール」と
言って、貝殻のアクセサリーなどを売っていたりする

そんな、とっても、とっても貧しい村(島)だが、
泥棒や誤魔化しなどは無く、村人たちは正直で
素朴な人たちのような感じがした!!

昔、「天国に一番近い島」と言う本があったが
このマラパスクワもそんな名称がふさわしい島かも・・

「天国に一番近い島」は、こんな島です

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2014年04月27日

島の子供たちとネコと自然


日本は島国と言われているけど、7107もの島
からなるフィリピンには、到底 かないませんね!
(最も、人が住むのは1000ほどだそうですが・・)

気候も、一年中温暖だし、島の子供たちは
小さい時から海で自由に育つようだ!

親たちもついていないで、小さな子供たちだけで
日がな一日、海で遊んでいる。
海の子供たちはたくましい・・・
あっという間に、一人で泳ぎも覚えて水に潜っている

親たちは貧しいようだし、そして子沢山!
フィリピン人は10人くらいの子持ちは普通だとか?
一人一人の子供たちの面倒を見ている暇はないのかも?

村を散歩すると、家の前に山ほどの洗濯物がタライの中に
浸けられていたり、ここはクリーニング屋かと思うほどの
たくさんの洗濯物が干されていたりする
洗濯機など無いようだし、お洗濯も大変だろう  

マッサージのおばさんも6人の子持ちだと言っていた
少子化が問題の日本には羨ましい話しかも?

静かな優しい、優しい声で囁くように話すお母さんだった!
そう言えば、この島の人たちは、皆さん、静かに話す
笑顔の優しい人たちでした わーい(嬉しい顔) パリから比べるとここは天国か?

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小さい時から、海に慣れ親しんでいる子供たち!
今回の韓国のフェリーが沈没した事故で多くの若い
学生たちが亡くなったが、フィリッピンの子供たち
だったらさっさと海に飛び込んでいたろうなと思える

やはり、小さい時から泳ぎを覚えるのは大事かも?
私も泳ぎにもう少し自信があったら、この島の名物らしい
ダイビングに挑戦するところだったが・・・

シュノーケリングだけで満足してしまった! 
ダイビングができれば、このマラパスクワ島は
「ニタリ」という尾の長い珍しいサメが見れるようです

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(写真は、BLUE HEAVENさんのブログからお借りしました)

「ニタリ」は、マラパスクワ島のシンボルになっている
ようで、あらゆるTシャツのモチーフになっていたし、また
この尾の長いサメの形の木製の置物を手彫りで彫って
住民が売っていた

単にデザインかと思っていたのですが、本当にこのような
尾の長いサメがいるのですね。新発見でした!!

ホテルの庭には、私の大好きな「フランジパニ」という
花の樹があったのでご機嫌!
東南アジアの国々では結構、見られる清楚な花です

最初に発見したのはインドネシアのバリ島でした
「フランジバニさん、再会できて嬉しいです」 猫

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そして、午後はホテルのネコくんとイスを分け合って
お昼寝、彼は半年分の鋭気を養ったと言うことですが・・わーい(嬉しい顔)

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2014年04月25日

続々 マラパスクワ(フィリピン)でのバカンス


さてさて、3日目は予定のテッパニーという
イタリア人経営のホテルに移る
こんなステキな田舎風バンガロー式

彼が2年前に来て、多いに気にいったホテルだ!
内部はとても清潔でした

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テッパニーは島の西の外れの少々小高い丘の上にある!
周囲を岩山で囲まれているからテッパニーの小さな
入り江になっている砂浜はホテルの客専用、
村の子供たちが入ってこれないから静かでした

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それこそ「隠れた楽園」という言葉がピッタリの宿だが
パトロンがイタリア人なので客層もイタリア人が多く、
この人たちが大変にぎやかだった!

そのくせ、イタリア人って、結構愛想が悪い人たちだ
という印象、他の国の人たちは笑顔で挨拶するけど、
イタリア人たちは笑顔も挨拶も無し・・・? がく〜(落胆した顔)

自分たちだけで固まって朝から晩までお喋り・・
お陰で、彼ら一団が帰った後は大分静かになった わーい(嬉しい顔)

テッパニーの浜辺から見る夕日は最高だった!
最西端にあるので、夕日も海岸の寝椅子に
寝そべったまま、真正面に眺められる
何とも、ぜいたくな至福の一時・・・ 

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私たちと一緒に夕日を眺めるホテルのネコ?
マダムが大のネコ好きなようで、ホテルには
ネコや犬がたくさん

ネコは椰子の樹(実?)を齧るねずみを退治して
くれるのだそうだ。ねずみに齧られた椰子の実は
変色して頭上に落ちてくるから危険なので、ねこは
島には大変有用な生き物なのだそうである 猫

イヌもたくさんいましたよ  犬








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2014年04月24日

続 マラパスクワ(フィリピン)での考察?


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さて、こんな船で島に到着
島の白い砂浜に、直接、降り立つ
すでにバカンス気分! わーい(嬉しい顔)

降り立った砂浜の前が予定していたホテルだった
渡し舟はホテルの前まで運んでくれるのだ!

オランダ人だという経営者が迎えに出てきた
ウエルカム・ドリンクは甘いウォターメロン・ジュース

日本って、なぜスイカ・ジュースって飲まないのかな?
暑い時は、さっぱりしてとても美味しいのに・・・

この島の数軒あるホテルの経営者は、全員、外国人のようだ
このオーシャンビラは島で一番活気がある場所だった!
夕方4時からはハッピー・アワーでカクテルが1杯分で
2杯くるせいか、夕方からはバーも砂浜のテーブルも
いつも超満員・・・、
このカクテル1杯150ペソ(2ユーロくらい)
夕暮れの浜辺で飲むマンゴ・ダイキリが美味しかった

このオーシャンビラ・ホテルは予定していたホテルが
満員だったので仮の2泊だけだったが、レストランの
値段もほどほど、料理も美味しかったので別なホテル
に移ってからもバーとレストランへは頻繁に通った

マラパスクワ島にある、ベスト・レストランの一つだろう
あと二つは、私たちが泊まったホテルのレストラン
イタリア人が経営する本格的なイタリアンと
これまた別のイタリア人の凝り性のパトロンが開いた
ちょっとゴージャスな地中海風料理があった

オーシャン・ビラではフィリピン料理が主!
それと、ジンジンというフィリピン人の経営する
フィリピンの家族的料理のレストラン!
この4つをグルグル・・・

このジンジンは、2年前友人が来た時は、いつも
満員の超人気のレストランだったというが、それが
台風で吹き飛ばされてしまっていた!
友人、唖然! がく〜(落胆した顔)

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ジンジンはもぬけの殻になった跡地で、テントの屋根を
貼って開店していたが、再建には時間が掛かるかも・・・
こんがり焼いた鯵が美味しかった

このフィリピン人の経営のジンジンは裏通りにある
表の海岸通りは外国人の経営するホテルが並び
(日本人が経営するダイバーショップが1軒あった)
その1本、裏の通りは住民たちの部落と別れている

海岸からその部落に行くには、ホテルの間の、まるで
ネズミの通り道のような狭い狭い通路を通り抜けてゆく

可哀相に島の住民たちは一等地を外国人に占領され、
自分たちはその裏通りの狭いゴミゴミした界隈に
押し込められているようだ

それに文句を言えないのは、彼等の貧しさ?
それとも、400年も植民地にされてきた民族は
それが習い性になってしまったのか・・・?

住人たちは、裏通りに固まって、あり合わせの
板切れやトタンの切れ端などを継ぎはぎし、
やっと雨露をしのげるくらいの住居に住んでいるが、
あれは台風後の仮の住居なのかどうか分からなかった!

今だに水道も電気もトイレもないようなバラック!
労働者らしき男が、庭で昼食を食べていたがおかずが
見えなかった! 皿に大盛りにしたご飯だけ? 

一般にフィリピンの料理が非常に塩辛いのは少ない
おかずで済むためとか、もっと貧しい人は塩だけで食べる
場合もあるとか案内書に書いてあったが、そんな現場を
実際に見てしまったような感じ・・・  もうやだ〜(悲しい顔)

死者は出なかったようだが、台風の被害は酷かったようだ!
日焼け止めクリームを切らし、村の店に案内してくれた
ホテルのメイドさんが彼女の家も吹き飛ばされ、今は
おばあちゃんの家に同居していると言っていた。
おばあちゃんの家も広くないだろうにと思われるが・・

昨年、フィリピンを襲った台風はかなり酷かったようだが、
フィリピンの伝統的な(?)村人の住居は、壁は編んだ
ゴザのようなものが貼り付けてあるだけ(?)、あんな
簡単なものではちょっとした強風にも簡単に吹き飛ば
されるだろうと思ってしまった

フィリピン人たちは、結構、働き者で長時間労働も
しているようだが、それでもあんなバラックから脱出
できないのは、欧米人から搾取されているからなんだろうか

フィリピンは、まだ植民地支配から脱し切れていないのかも?
なんて考えてしまった・・・ もうやだ〜(悲しい顔)

可哀相なフィリピン人
次回は、もっと明るい話題にしましょう 猫






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2014年04月23日

フィリピンへのバカンス(マラパスクワ島)の思い出


私たちがバカンスへ出発する前に、仏では首相が
変わったが、フランスの状況は何の好転もないようで
面白いニュースもないから、これからしばらくは、
フィリピンの思い出話を書くことにしよう

フィリピンには、私は、初めて行ったのですが、
フィリピンの不思議な魅力にすっかり虜になりました わーい(嬉しい顔)

「フィリピンと言っても広うござんす」ですね
私たちが、2週間ほど滞在したのはセブ島の北端から
渡し船で30分ほど離れたマラパスクワという小島

ガイドブックによれば、「フィリピンの隠れた楽園」と
言うことですが、確かに、そんな感じの小島です

この「フィリピンの隠れた楽園」マラパスクワ
行くには交通がちょっと大変です!(宿に頼めば車と
渡し舟を手配してくれますから手間は簡単なのですが)

飛行場、或いは、セブ島の中心、セブ・シティーからバス
(私たちは隣のマクタン島にあるホテルからタクシーで)
島の最北端にある舟乗り場まで3時間〜3時間半も延々と
北上しなければなりません

その道中はフィリピン名物の満員の乗り合いバスやら
バイク、或いは自転車の脇に客を乗せたのやら野良犬たち
が、我がもの顔に走っているのでハラハラものです

フィリピンはどんな所へ行っても人、人の群れ
活気があります

朝食が早かったので、途中で、お腹が空いて昼食を
したいと思っても、フィリピン人(現地人用?)の
埃にまみれた屋台が並ぶのみ・・・
まともな(?)レストランなどは見当たらない! ふらふら

諦めかけた頃、タクシーの運転手さんが車を止めて
くれた所は、さしずめ長距離者用のドライブ・インと
いったフィリピン人のやっている休憩所らしかった

お粗末な茅葺きの小屋だったが、比較的大きな規模で
ほどほどに清潔に保ってあり・・、観光客もあり・・
ご飯と、鶏や牛などを煮込んだお肉料理などがあった!

お料理はまあまあ美味しかったが、フィリピンの
ご飯はどこで食べてもとても固かった・・?

トイレは小さな男の子がペットボトルで水を撒いて
いたが、それなりにきれいだったのでホッ・・

そして、やっとたどりついた船乗り場には
港どころか、岸壁などという物も無し・・・?
手を取られて大きな石を伝って乗船・・・ 
フィリピンの船乗りさんたちはなかなか紳士的です わーい(嬉しい顔)

連絡は行き届いているらしく、船乗りさんたちは
さっさと車から降ろした荷物を、船に積み込み
早々に船出、客は私たちだけか・・・?

こんな形をした船です
遠くから眺めると蜘蛛のような形に見えます
これが島への往復を担っている渡し舟らしい

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船の乗り心地は快適でした
青い透明な水の上を滑るように走ります
船乗りさんたちは、さすがに機敏です
こんな機敏な人たちのゲリラ作戦には日本軍は手を焼いたろう
などと(歴史を勉強中なので)つい想像してしまいました
島が近づいてきました

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遠くから見た所、一見、ステキな夢の島
なかなかきれいなホテルがありそうですし・・

ところが、島に入ってビックリ・・・
ビックリと言うよりはショックかもしれません

この続きはあしたです・・・ 猫

posted by パリせいかつ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | バカンス先より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

バカンス(フィリピン)から帰ってきました


フィリピンへのバカンスから戻ってきたパリは
マロニエが満開になっていたが気温は行くときよりも低め?

そして、相変わらず、雲の多い空模様で
フィリピンのすっきりと晴れた真夏のような青空が懐かしい

私は、フィリピンは始めてだったが、同伴者は何度も
フィリピンには来ているので、全てお任せの旅

長い長い道中だったせいか、土曜日に帰ってきてから
3日間はぐったり、頭も朦朧、・・・

今日は4日目、やっとブログを開いてみたが
考えがまとまらないので、とりとめもなく書いてみる

今回のバカンスはフィリピンのセブ島
セブ島は、リゾート地として有名だから(?)どんなに
素晴らしい南国の夢の島かと空想していたのだが
私の無知ぶりが今回もぶん殴られたような気分

勿論、透明な海と青い空は素晴らしかったが
住民の生活は地獄・・・?
フィリピンは、やはり貧しい国だった! もうやだ〜(悲しい顔)

なぜ、こんなに貧しいのか、疑問にさえなる程だった
政治の怠慢か?、汚職が蔓延っているのか??

空港からホテルまでの沿道には、板やトタンやビニール
とにかく何でもあり合わせのものを貼り付け、打ち付けた
だけのような小さな掘っ立て小屋がぎっしり並んでいる・・・

余りに、お粗末な小屋なので、昨年フィリピンを襲った
台風で家々が吹き飛ばされた後の仮の小屋なのか?
と思ったが、それだけでもなさそうである

日本では、東日本震災後の仮設住宅がいろいろ問題に
なっていたが、フィリピンのこれらの小屋から比べたら
まるで御殿だろうと思えるくらいだ

だが、こういう貧しさのどん底のような生活をしている
フィリピン人の明るさ、人の良さ、親切な笑顔に触れると
すっかりフィリピン派(ファン)になってしまう

あんな貧しさの中で彼らの明るい笑顔に出会うと
人間の幸せって何だろうと思ってしまう
お金だけでは幸せになれないことは確か!

でも、もう少し豊かになっても悪いことはない!
あまりにも貧しい、人間以下の哀れな生活である

これは、300余年もスペインの植民地だったせいか?
その後、約50年間(1898〜1946)、アメリカの
植民地にされたそうだが、恩恵は何も受けなかったようだ!

日本に合併された韓国や台湾(満州さえも)、未開の地から
近代化され、人びとの生活は富み、衛生環境も多いに向上
したのとは、まさに正反対の結果である


韓国は、日本に植民地にされたと恨んでいるようだから
日本は朝鮮半島よりもフィリピンを合併してあげた方が
余程、喜ばれただろうと考えてしまった!


もし、フィリピンが、アメリカの代わりに日本に
統治されていたら、フィリピンは今のような貧困の中に
あえいでいなかったろうと確信する


フィリピンはアメリカの情報戦略に騙されたようだ!
日本軍は残酷だと教えられ、日本に敵対してしまった!
勇敢で機敏なフィリピン人は多いに日本軍を悩ませた
ようだ。

日本に植民地にされたと、韓国は、今、盛んに日本を
恨んでいるが、日本に統治されたことによって、
韓国人は今では観光客としてフィリピンに遊びに来る
ことができる恩恵に与っている!

一方、アメリカに植民地にされていたフィリピンは
今だに、奴隷のように働かされている

これが現実(事実)なのである!

セブ島(フィリピン)のいたるところに、なぜか
ハングル語が氾濫していた

韓国人しか読めないハングル語の氾濫は理解不能・・
だれの為?
そんなに韓国人はフィリピンにも侵略しているのか?

私たちが、最終目的地の小さな島へ渡る前の往復に泊まった
マクタン島の高級ホテルは韓国人客が80%位を占めていた
小さな子供たちや両親と一緒の大家族旅行も多かった。

何でこんなに韓国人は裕福なんだ?と不思議になるくらい
中国のように世界の工場がある訳でもないのに・・?

GDPがずっと上の日本人でもこのように家族で海外旅行を
楽しめる家族は多くないだろう

これらの資金の幾分か(殆んどか?)、日本から、韓国に
支払われた膨大な経済支援金によって賄われているのだろうか

ある人のブログで、日本から韓国に渡った経済支援金の
長い長いリストを見て驚いたことがある!

韓国が日本に50年間たかり続けてきた歴史
日本が韓国にどれ程貢いできたかがよく分かる
ODAリストが膨大すぎてヤバイ!!!
News U.S.さんのサイトより
http://www.news-us.jp/article/394742979.html


本来なら、働いた日本人が享受できるべき税金がいろいろな
名目で韓国に渡って、韓国人が享受しているのかと思うと
気分が良くない(これが韓国のヤンバンの遣り方なのかも?)

他人のものは俺のもの・・・
行儀も礼儀もない韓国人が大威張りでふんぞり返っていた!

フィリピン人の従業員は、親切で感じ良かったが
あのホテルはもう二度と使いたくないわ! ふらふら



posted by パリせいかつ at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | バカンス先より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

旅の辛い思い出


時差と長時間の飛行機の旅の疲れのせいか
バカンス明けだと言うのに3日ほどぐだぐだ
してしまった

4日目も何となく目が痛く、風邪でもひいて
しまったのかと心配したが、今朝少しゆっくり
休んだらようやく体調が戻ってきたようだ

体調が戻ったところで、旅の辛かった思い出でも書こうかしらん

シンガポールで4日間、人ごみの中を歩き回った後で
小さな小さな飛行機でマレーシアの小島へ渡り10日間
浜辺でゆっくりのんびり過ごした

本によれば人口2000人の(200人の間違いかも?)
小さな小さな島その島には、道路が1本しかない

その道路は、飛行機が一台しか発着しない小さな飛行場から
反対側にある美しい入り江を独占しているリゾート・ホテル
まで、島の唯一の小さな部落を通り抜けて続いている

部落に入ると、牛や、ヤギや、鶏たちが自由に
我が物顔に車道を歩き回っていた

非常に牧歌的な風景だが、困るのはその糞?
道路の至るところに散乱・・・

人々の生活はかなり貧しそうである
家というより、窓ガラスなどない掘っ立て小屋だ

ホテルは、島で唯一の大きな美しい入り江を独占して
しまっているようだが、ホテルによって雇用が生まれるせい
だろうか、村の人々は観光客にハロー、ハローと愛想が良い

最初の3日間は雨模様で波が高く、サーファー向きの海岸
だったが、4日目から晴れると海は全くの凪状態になった

凪になると、海水がどこまでも透明なのに驚いた!、
モルディブの海よりも美しいかもと友人が言った

フランジバニの咲き乱れる東南アジアの楽園
ただ一つの難点はサンフライというハエ?

とても痒いのだ! ふらふら
最初は蚊に刺されたのかと思って、クリームをつけたが
収まらない。あまりの痒さにホテル内のクリニックに行った

看護婦が、「サンフライだ」という
「イーチイー、イーチイー」だろうと掻く真似をする
そう「イーチイー、イーチイー」なのだ
飲み薬と付け薬をくれた

どこで刺されたのか分からない
海岸にもいるということだが、小さな子供たちも
たくさんいるのに刺されている様子がない

今、考えると私たちは夕方になるとヤギの糞がころころ
ころがっている村の1本道を散歩したがサンフライは
あの道路にたくさんいたのかもしれない

刺された時は分からないらしい
後で痒くなるという

とにかく、サンフライは小さくて目に見えない虫らしい
そんなに小さいハエ(?)なのに、痒みは蚊にさされたよりも
しつこくて酷いのです もうやだ〜(悲しい顔)






posted by パリせいかつ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | バカンス先より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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