2016年05月24日

続、アンパン家の物語

その時残された息子が9歳・・・、
この初期アンパン男爵の孫、アンパン3世の人生が
面白いのです。まるでジェフリー・アーチャーの世界
それとも、ジェフリー・アーチャーが彼の人生から
インスピレーションを受けたのかと思われるくらい・・(続)

あまりに長かった前回分を2つに分けようなどとしていたら
うっかり下半分を消してしまいました(涙) 😠
永遠に消えてしまった私のロマン(涙)、すぐに続きを
書き直す元気はありません。だからアンパン3世の物語の
続きはいつかということになります。ごめんなさい

概略だけ書くと、このアンパン3世は、ベルギー、フランスから
エジプト、コンゴなどの植民地に至るまで広大な事業を
展開し、一代帝国を築き上げた初代アンパン1世にふさわしい
孫だったようです。彼の人生は小説より奇なりでした!

生れた時から生みの母親(ヌードダンサーだった)と
引き離され、9歳で大金もちの父親には死なれ、その後
義母と財産目当て(?)で結婚した叔父に養子にされたが、
愛されない孤独な幼年時代を過ごしたアンパン3世

だが、彼が20歳になった時、弁護士を立てて、自分が
アンパン家の正当な相続者であることを認めさせる書類に
サインをさせ、30歳で叔父から帝国を取り返したという
ここいら辺が、ジェフリー・アーチャーの世界ですね ☕

その後は、シュナイダーの株を買占め、シュナイダー・アンパン
(Schneider-Empain)として、当時の巨大なグループを率いる
大実業家になったが、1978年

1978年頃、パリにいた人なら覚えている人も多いと思います
、「大実業家誘拐事件」として、当時かなり騒がれた
事件の被害者が、このアンパン氏(3世)なのです!

何でこんな大企業のトップに立つ人間が誘拐なんかされるか
護衛はいなかったのか?と、不思議に思った事件でしたが
この誘拐事件をきっかけに彼の膨大なアンパン・シュナイダー
帝国(財閥)は、砂上の楼閣のように崩壊したそうです


この崩壊には、家族、親戚、仲間の裏切りのみならず、
フランス政府の思惑、魂胆も加わっていたようだとか・・・?

以来、アンパン3世の人生哲学は「誰も信用するな!」
ジャーナリストに「ペシミストになったのか」と言われた
アンパン氏は「ペシミストではない。レアリストだ!」と
答えていた。究極のレアリストですね


ドゴールの「強いフランス」政策は、外国人がフランスに有する
企業をフランスのものにすることもふくまれていたようですね

確かに、今では、アンパン家のものだったパリのメトロはパリ
のものだし、原子力発電所はフランスの国営化されている!
今、フランスに原子力発電所があるのはこのアンパン3世の
お陰だと彼は言っていたが、本当なのでしょうね・・・

そんな多くの功績のあるアンパン家の名前は、パリの
メトロのどこにも記されていないそうだ。
フランスは、フランスの名誉のためにベルギー人が
パリのメトロを作ったことを教えたくないのか?

フランス人に「パリのメトロを作ったのは誰だ?」ときいてみた
違う人の名前を上げていたので「アンパンでしょう」と言うと、
「ああそうだった!」。日本でも歴史教科書が問題になって
いるが、フランスの学校でも本当の近代史を教えないのかな?

アンパン3世には、娘がふたりしかいないそうだ!
アンパンの名前は、永久に消えるだろうと言っていたが
あれだけの偉大な事業をしてきたアンパン家の名前が
歴史が忘れ去られるのは非常に残念なことだと思います

パリの膨大なメトロ建設然り、エジプトの何もなかった砂漠の
ど真ん中にへリオポリスという街を出現させてしまったアンパン
男爵、ジュールベルヌに負けないくらいの壮大なロマンが
感じられました

アンパン男爵の3代に渡る歴史、そのためにも貴重な
ドキュメンタリーだったが、replayでは見られなかった
残念!。何故?  😠



posted by パリせいかつ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランスのこぼれ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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