2016年05月23日

パリのメトロを作った人は?

パリの街を造ったのはオスマン男爵、エッフェル塔を作ったのは
エッフェルと、パリに来た観光客なら誰でも聞く有名な名前ですが
では、パリの膨大なメトロを作った人は誰か知っていましたか?

パリのメトロを作ったのは、Baron Empain(アンパン男爵)!
アンパンマンみたいな名前ですね・・ 😃

このアンパン氏はベルギー人で、教育者の息子だったが
鉄道やメトロの技術者だったようで、ベルギー、パリにも
メトロを作り、さらに当時のベルギー領コンゴに鉄道を敷き
鉱山なども運営、 彼一代で巨大な大帝国を築いたそうだ!
そして、国家に尽くしたその功績で男爵になったようですね

当時の人間、まして彼くらいの大金持ちになると
やること、考えることが違うようです!。一種の魔術師?
その有り余る膨大な財産で、エジプトの砂漠のど真ん中に
へリオポリスという都市を建設してしまったというのですから
驚きます!。 


ドキュメンタリーの画面で見たヘリオポリスの街の壮麗な
建物、その壮観さには度肝を抜かれます。まるで蜃気楼の
ように何もなかった砂漠の真ん中に大都市が出現したのです
個人でここまで大きな事業をした人はいないでしょうね

大金持ちが、資金を惜しみなく使って、自分の趣味と夢に
注ぎ込んだのですね (現代のエジプトで「ヘリオポリス」は
カイロ首都圏内の高級住宅地となっているそうです ウイキ)

世界が近代化に目覚め、資本主義が生れた19〜20世紀には
このアンパン男爵のような大資本家が台頭した時代だったようです

そして、その息子たちは・・・、と言うと?  😖
最早、物語か、ハリウッドの映画の世界です
金のスプーンをくわえきれないほどくわえて生れた息子たち!
使っても使っても使い切れないほどの膨大な財産を譲り受けた
息子たちは、美酒と女と華麗なるパーティーで放蕩の日々を
送ったのもよくある自然な成り行きだったのかもしれません

アンパン一世は、第一次大戦の時には軍人となって国家に
尽くしたが、アンパン2世は、第二次世界大戦では
戦争にも行かず(?)贅沢に遊び暮らしていたが、戦後
ナチスのコラボとして仏政府から死刑判決を受けてしまう
それでスペインに亡命するはめになり、49歳で早世

その時残された息子が9歳、この初期アンパン男爵の孫が
まるでジェフリー・アーチャーの物語の主人公のような
波乱に満ちた人生を送るのです。

それとも、ジェフリー・アーチャーが彼の人生から
インスピレーションを受けたのかと思われるくらい・・・
(続)














posted by パリせいかつ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランスのこぼれ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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