2016年05月30日

merci free! 新しい「free box」の新型兵器?

我が家は、インターネット回線の接続にフランスでは
一般的に流通している「free フリー」を使っているが
最近、インターネット回線のテレビの写りが悪くなって
時々、プッツン画面が切れてしまうことが多くなった。

で、フリーは駄目だと文句を言っていたが、とうとう
その原因は、我が家の free box が古いせいだろう
ということになった。もう10年以上も前の初期の box を
使っているのだから、新しいのに替えようと言うことで、
新しい 「free box 」を注文した

その新しい free box が来て、接続したら、テレビの写りの
問題が解消したのみならず、ユーチューブまで見れるように
なっていたのには驚いた!。
ITの日進月歩の進歩はスゴイですね 😃

文字で検索はできないけど、発声(マイク・マークを押して
NHK 東京、フランス、ベトナムなどと言うと) それらに関する
さまざまなユーチューブが見られるのです。オドロキ・・・・

(ベトナム戦争などのドキュメンタリも見れました。今回、旅行
して平和なベトナムを見たが、こんな苦労をしていたのかと・・・)

こんなことなら早く新しい free box に変えれば良かったと
後悔してしまいました!。 毎月の使用料は変りませんし・・・

素晴らしいドキュメンタリーなどもたくさんあるようで
お陰で、ちょっと、テレビの前で過ごす時間が多くなって
しまいそうです。

free のコマーシャルじゃないけど、merci free です!  

日本でも、そんなことが可能なのでしょうかね?


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2016年05月29日

「目に青葉」の季節、新緑の季節ですね

新緑の季節ですね
今、自然界はまさに生い茂る若葉の季節という感じです!
パリにいても日本人、つい、「目に青葉 山ほととぎす 
初鰹(はつがつを)」なんていう句が浮んできます

若葉が生い茂った、中庭の高いポプラの樹木の葉陰では、
パリではホトトギスじゃなく、山鳩とカササギ、
そして名前の知らない小鳥たちが飛び交っています

巣を作っていたカササギはヒナが生れたのかどうか?
巣が若葉に隠されて見えなくなってしまいました!

パリでは初鰹ならぬ、毎春、にぎやかにお目見えするカモや
水鶏のヒナが今年は見えません。先日、やっと2羽だけ
おしゃまな様子で母鳥と泳いでいたカモのヒナがいましたが
翌日にはもう見えなくなってしまいました。

公園とはいえ、天敵が多いそうです。
あんなに可愛いらしかったのに可哀相・・・(涙)

下は、スマフォで撮った写真、PCで見ると
鮮やかな色が消えてしまって残念・・・・

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2016年05月28日

オバマ大統領は任期の最後に華を飾った・・・

オバマ大統領の人気は、当初の「chenge」の期待が
失望に変ってから日本でもあまり大きくなかったようだが、
今回の広島訪問でいっきに人気ばん回した感じですね。😃

「原爆投下から71年。5月27日、初めてアメリカの現職
大統領が広島にやってきて、平和公園に顕花した・・・」

これだけでもオバマ大統領が、少なくとも平和を愛する
偉大な大統領として歴史に残る行為かもしれません

原爆を落とした国と落とされた国、日米間の平和には
欠かせなかった行為だったんですね
しかも折鶴を持って
きたという
。こんな心遣いに日本からは絶賛の声ばかりが
聞こえてきたが私も甚く同意です。何という繊細な心遣い
日本的な心遣いがアメリカ大統領にあったのが驚きです

このオバマ大統領の「折鶴」というのはサプライズですが
もう一つのサプライズがあったようです。
オバマ大統領の広島訪問で、水も漏らさぬ超厳重警戒体勢の
なかを。黒ネコが1ぴき紛れ込み、オバマ大統領の車の近くに
座り込んだという。ネコの自由さを証明するエピソード!
ほほえましいハプニングですね。ネコは持ち前の自由闊達さで
オバマ大統領に感謝と敬意を示しにやってきたのでしょうね  🐱

ネットに、「原爆で命を落としたすべての動物たちの代表と
して姿をみせたんじゃないか」の書き込みがあったという!
そうですよね。動物たちもたくさん犠牲になっているんですね
ネコ一匹、声なき声を思い出させてくれたのでしょうか?

核廃止だけでなく、あらゆる戦争を止めてほしいと祈ります
あらゆる戦争は悲惨です。中国共産党のような覇権国家が
ある限り、日本は万全の防衛が必要でしょうが、世界と力を
合わせ、戦争にならないようにしてほしいですね

さてさて、オバマ大統領はその勇気ある行為で、任期の最後に
大きな華を飾った感じになりましたが、我が(?)フランスの
オランド大統領は、任期の最後の年を、労働組合の激しいデモと
長期のストライキで飾ってしまうのか・・・・・  😞








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2016年05月27日

日米のわだかまりが氷解した瞬間?

オバマ大統領の広島訪問がこちらでもシンボル的に
伝えられていたが、何よりも被爆者の方たちとの交流をみると
長い間の苦しみ、わだかまりが解けた瞬間に見えました。

被爆者の苦しみは消えないが、彼らの長かった戦後が
やっと終わった瞬間ではないのかと思えます

このことでは、政治的なことなど、二の次ですね
個人の被爆で受けた理不尽な肉体的、精神的苦痛、残酷に
家族を奪われた哀しみ、戦後70年間、心の奥深くに
わだかまっていた怒り、恨みが、オバマ大統領の広島訪問と
顕花、そして優しそうな笑顔に慰められ、氷解してしまったこと
が大事です

日本人は「苦しみを敵にも分かってもらえた」と思うだけで
恨みが氷解してしまう淡白さがあるようです
それが桜の花にたとえられる日本人の潔さかもしれませんね

時にはお花畑と言われるような単純さになってしまうことも
あるようですが、良くも悪くも諦めの良さ、淡白さが日本人
の気質なのでしょうね?

この日本人気質と対局にいるのが、コリアン民族の気質ですね
オバマ大統領の広島訪問に対し、韓国人慰霊碑は訪れなかった
と文句を言い、米国にも謝罪や賠償金を要求して大騒ぎをして
いたとか・・、「やれやれ又か!」と思うだけですね  😞

今日の産経に、こんな記事があって驚きました!
日本国民は、こんなにたくさんの税金が韓国の被爆者に
使われていた事実を知っていたのでしょうか?

戦後、韓国に引き揚げた人々に対する日本からの支援運動は
1970年代以降、本格化したそうだ
。「見捨てられた在韓
被爆者」と言う本が出て(出して?)、(歴史的、贖罪意識が
強く、反米・反日的な左派・リベラル勢力の関心が強かった

そうだから、彼らによって進められたのでしょうね

官民双方で、韓国に支援が続けられ、90年には日本政府が
「人道医療支援基金40億円」を提供している
。(昨年末、
日韓で合意した新たな慰安婦支援が10億円だから、
四半世紀前の40億円は相当大きいことが分かります)

この基金は韓国側で医療支援や福祉会館建設などに
使われたが、結果的には運用に失敗し「食いつぶされた」
と言われているそうですが、さもありなんと思えますね

日本からの膨大な資金援助を貰い、それをただ食いつぶして
きた韓国は、次のお代わりをもらうために、理由として
植民地にした、慰安婦だ、強制徴用だ・・・と、出鱈目を
でっち上げて「日本たたき」をしてきたんですね

何をやっても評価されず、文句ばかり言われ続けたのでは
ヤル気はうせます。(黒田勝弘)と書いていたが、
このような日本の甘い態度にも問題があるように思えますね

いずれにしても、このアメリカのオバマ大統領の広島訪問は
アメリカから押さえられてきたさまざまな戦後の問題の解決に
なるとよいですね
安倍首相、GJです!!  😃



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2016年05月26日

オランドさん、サミットどころじゃないのでは・・?

今、日本で主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)
が、とうとう開幕されたようで、出席者の各国首脳の
様子がテレビなどにも流されていた

我が(?)フランスのオランド大統領は、
心なしか元気が無かったように感じられたが、
さもありなんでしょうね  😖 心ここに在らずの心境?

のんびり、伊勢志摩の美しい景観に見惚れ、豪華な
ごちそうに舌鼓を打っている時じゃなさそうです!
フランス国内は、今、ニュースを見ると、去年の戒厳令が
出たテロ事件の時以上の騒ぎ(まるで内乱?)ですからね

オランド政権が、突然発表した「労働法改正」に反対して
2〜3ヶ月以来、デモが続いていたが、政府が改正法案を
固持すると発表したことで、デモが更にエスカレート、
各種のストライキに発展しているようです


交通機関のスト、各地でガソリンの供給が不足(パリ郊外に
住む友人も今日はガソリン探しに行くと言っていた。仕事で
使う人たちは大変そうです。ガソリン不足は商品の流通も
何もかもストップさせてしまい、そのせいで仕事ができない
会社も続出しているようです。お肉屋さんに肉が届かないという
ニュースも、パリジャンものんびりしている時じゃないですね
戦時中のように、ネズミの肉なんて嫌ですよ  😠

観光客もガソリン供給不足の影響で減っているそうですが
更に、労働組合は、原子力発電所の作業員にもストライキを
呼びかけ、実際に作業員がストライキに入っているとか・
・・
ビックリしますが、フランスでは原子力発電所の作業員も
ストライキをする権利があるのだそうです。ただし、勿論
100%のストライキで原子炉を止めることは禁止!少し
安心しましたが、フランスならではのことがいろいろありますね

かつて労働組合がやっと勝ち取った労働条件を改正することに
反対する労働組合の気持ちは分かりますが、(フランスは
労働者がかなり保護(超過保護も?)されていることは確かで
したね)
、このような長期のデモとストライキとサボタージュは
フランスの産業を減速させ、反対に労働組合が労働者の
失業率を高める結果にもなっているようですが・・・ 😠

いずれにせよフランス政府 対 労働組合
どちらも意地を張って膠着状態になっているようです

ああ、フランス、どうなるんでしょうね 
オランドさん、早く何とかしないと・・・・

労働組合側も反対するのは良いけど、道路でタイヤなどを
燃やさないでほしいな!。あの黒い煙・・・、不吉ですね
地球環境にも、彼らの健康にも良くないと心配しています



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2016年05月24日

続、アンパン家の物語

その時残された息子が9歳・・・、
この初期アンパン男爵の孫、アンパン3世の人生が
面白いのです。まるでジェフリー・アーチャーの世界
それとも、ジェフリー・アーチャーが彼の人生から
インスピレーションを受けたのかと思われるくらい・・(続)

あまりに長かった前回分を2つに分けようなどとしていたら
うっかり下半分を消してしまいました(涙) 😠
永遠に消えてしまった私のロマン(涙)、すぐに続きを
書き直す元気はありません。だからアンパン3世の物語の
続きはいつかということになります。ごめんなさい

概略だけ書くと、このアンパン3世は、ベルギー、フランスから
エジプト、コンゴなどの植民地に至るまで広大な事業を
展開し、一代帝国を築き上げた初代アンパン1世にふさわしい
孫だったようです。彼の人生は小説より奇なりでした!

生れた時から生みの母親(ヌードダンサーだった)と
引き離され、9歳で大金もちの父親には死なれ、その後
義母と財産目当て(?)で結婚した叔父に養子にされたが、
愛されない孤独な幼年時代を過ごしたアンパン3世

だが、彼が20歳になった時、弁護士を立てて、自分が
アンパン家の正当な相続者であることを認めさせる書類に
サインをさせ、30歳で叔父から帝国を取り返したという
ここいら辺が、ジェフリー・アーチャーの世界ですね ☕

その後は、シュナイダーの株を買占め、シュナイダー・アンパン
(Schneider-Empain)として、当時の巨大なグループを率いる
大実業家になったが、1978年

1978年頃、パリにいた人なら覚えている人も多いと思います
、「大実業家誘拐事件」として、当時かなり騒がれた
事件の被害者が、このアンパン氏(3世)なのです!

何でこんな大企業のトップに立つ人間が誘拐なんかされるか
護衛はいなかったのか?と、不思議に思った事件でしたが
この誘拐事件をきっかけに彼の膨大なアンパン・シュナイダー
帝国(財閥)は、砂上の楼閣のように崩壊したそうです


この崩壊には、家族、親戚、仲間の裏切りのみならず、
フランス政府の思惑、魂胆も加わっていたようだとか・・・?

以来、アンパン3世の人生哲学は「誰も信用するな!」
ジャーナリストに「ペシミストになったのか」と言われた
アンパン氏は「ペシミストではない。レアリストだ!」と
答えていた。究極のレアリストですね


ドゴールの「強いフランス」政策は、外国人がフランスに有する
企業をフランスのものにすることもふくまれていたようですね

確かに、今では、アンパン家のものだったパリのメトロはパリ
のものだし、原子力発電所はフランスの国営化されている!
今、フランスに原子力発電所があるのはこのアンパン3世の
お陰だと彼は言っていたが、本当なのでしょうね・・・

そんな多くの功績のあるアンパン家の名前は、パリの
メトロのどこにも記されていないそうだ。
フランスは、フランスの名誉のためにベルギー人が
パリのメトロを作ったことを教えたくないのか?

フランス人に「パリのメトロを作ったのは誰だ?」ときいてみた
違う人の名前を上げていたので「アンパンでしょう」と言うと、
「ああそうだった!」。日本でも歴史教科書が問題になって
いるが、フランスの学校でも本当の近代史を教えないのかな?

アンパン3世には、娘がふたりしかいないそうだ!
アンパンの名前は、永久に消えるだろうと言っていたが
あれだけの偉大な事業をしてきたアンパン家の名前が
歴史が忘れ去られるのは非常に残念なことだと思います

パリの膨大なメトロ建設然り、エジプトの何もなかった砂漠の
ど真ん中にへリオポリスという街を出現させてしまったアンパン
男爵、ジュールベルヌに負けないくらいの壮大なロマンが
感じられました

アンパン男爵の3代に渡る歴史、そのためにも貴重な
ドキュメンタリーだったが、replayでは見られなかった
残念!。何故?  😠



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2016年05月23日

パリのメトロを作った人は?

パリの街を造ったのはオスマン男爵、エッフェル塔を作ったのは
エッフェルと、パリに来た観光客なら誰でも聞く有名な名前ですが
では、パリの膨大なメトロを作った人は誰か知っていましたか?

パリのメトロを作ったのは、Baron Empain(アンパン男爵)!
アンパンマンみたいな名前ですね・・ 😃

このアンパン氏はベルギー人で、教育者の息子だったが
鉄道やメトロの技術者だったようで、ベルギー、パリにも
メトロを作り、さらに当時のベルギー領コンゴに鉄道を敷き
鉱山なども運営、 彼一代で巨大な大帝国を築いたそうだ!
そして、国家に尽くしたその功績で男爵になったようですね

当時の人間、まして彼くらいの大金持ちになると
やること、考えることが違うようです!。一種の魔術師?
その有り余る膨大な財産で、エジプトの砂漠のど真ん中に
へリオポリスという都市を建設してしまったというのですから
驚きます!。 


ドキュメンタリーの画面で見たヘリオポリスの街の壮麗な
建物、その壮観さには度肝を抜かれます。まるで蜃気楼の
ように何もなかった砂漠の真ん中に大都市が出現したのです
個人でここまで大きな事業をした人はいないでしょうね

大金持ちが、資金を惜しみなく使って、自分の趣味と夢に
注ぎ込んだのですね (現代のエジプトで「ヘリオポリス」は
カイロ首都圏内の高級住宅地となっているそうです ウイキ)

世界が近代化に目覚め、資本主義が生れた19〜20世紀には
このアンパン男爵のような大資本家が台頭した時代だったようです

そして、その息子たちは・・・、と言うと?  😖
最早、物語か、ハリウッドの映画の世界です
金のスプーンをくわえきれないほどくわえて生れた息子たち!
使っても使っても使い切れないほどの膨大な財産を譲り受けた
息子たちは、美酒と女と華麗なるパーティーで放蕩の日々を
送ったのもよくある自然な成り行きだったのかもしれません

アンパン一世は、第一次大戦の時には軍人となって国家に
尽くしたが、アンパン2世は、第二次世界大戦では
戦争にも行かず(?)贅沢に遊び暮らしていたが、戦後
ナチスのコラボとして仏政府から死刑判決を受けてしまう
それでスペインに亡命するはめになり、49歳で早世

その時残された息子が9歳、この初期アンパン男爵の孫が
まるでジェフリー・アーチャーの物語の主人公のような
波乱に満ちた人生を送るのです。

それとも、ジェフリー・アーチャーが彼の人生から
インスピレーションを受けたのかと思われるくらい・・・
(続)














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2016年05月15日

フランスの春の嵐(吹き荒れるデモ、スト騒ぎ)


5月の第一週目は、素晴らしい好天気に恵まれたが
翌週からはずっとどんより曇り空が続いている。

雨に見舞われた一日、ずぶ濡れになりながら続行されていた
デモ!。フランスの労働者たちは、余程、怒り心頭に達して
いるようです  💢

フランスの有権者の51%(移民、労働者層が多数?)が
オランドを選んで、社会党の左翼政権の誕生に狂喜したが

不運なことに、その後、工場などの閉鎖、閉鎖が相次ぎ
社会党政権はなす術もないまま失業者はうなぎ上り・・・

その後も、改善されないまま、虚しく、オランド政権の4年間が
経過した訳です
。 (当初、全ての悪いことはサルコジ政権の
せいにしていたオランド大統領も、4年も経った今では、その
マジックの言葉も使えなくなりました)

来年の大統領選を控え、低支持率に焦ったオランド政権は
何とか失業率だけでもを減らそうと企業と相談したのか(?)
企業側に有利な「労働法」の改正を発表したが、
それが市民の怒りの火に油を注ぐ結果になりました

以来、2ヶ月も大規模なデモが繰り広げられているようです
フランスの各都市に拡大して、今や暴動状態にまで発展・・・?

最近、テレビ・ニュースで見た映像は恐ろしいような光景でした
「Mai 68」(1968年の仏の学生運動)が、再び勃発したのかと
思えるような光景・・・  

機動隊に襲い掛かるデモ隊は、まるでテロリストのようでした
相手がテロリストだったら、機動隊も遠慮なく実弾を使用できる
のでしょうが、石や火炎瓶の市民相手ではそれもできず、だが
石や火炎瓶だって恐ろしい武器、多くの機動隊員らも怪我を
したり、片目を失くした機動隊員さえもでたもよう・・・
お気の毒ですね

争いの矛先は、オランド大統領と左翼政権のはずなのに
デモ隊が機動隊相手に戦うのは馬鹿げていると思えます
市民 対 市民の戦いですからね。
(肝心の政府は安全な砦の中で痛くも痒くもない。その
砦の中で「労働法の改正」は絶対行うと宣言した仏政府)

去年のテロ事件騒ぎの時は、市民を守る頼もしい警察や
機動隊ということで感謝を捧げた市民なんですが・・・

市民というのは、忘恩の徒ですかね?
それとも煽動されやすい愚民が多いんでしょうか?

市民の敵にされて、憎悪されているのが哀しいと或る警官が
言っていたが、今日は、そんな警官らのデモがあるそうです

強いて言えば、警官らもデモをできるのがフランスの
良いところですかね?   😃



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2016年05月14日

舛添都知事、政治資金「横領」がばれても・・・?


今回の舛添東京都知事の恥ずかしいスキャンダル!
舛添氏の政治資金の公私混同は、以前からネットでは
騒がれていたので、今回の暴露は遅過ぎとさえ思うが
とうとう彼の金銭に対する飽くなき餓鬼のような欲望が
墓穴を掘ったように見えますね

これ程のスキャンダルに、舛添都知事の辞任の声が聞こえて
こないのが不思議ですが、知事職にしがみつくのは、更に、
恥じの上塗りになるだけです。

舛添氏のような口の巧いペテン師には日本は天国のような所
だったでしょう。彼は心の中で「日本人はチョロイ、幾らでも
口先三寸で誤魔化せる」と考えていたのではないでしょうか?


舛添氏は、都知事の地位を利用し(既得権と言うらしい)
ファースト・クラスにスイート・ルーム、週末の温泉地通いは
毎週、運転手つき公用車で(動く知事室などと舛添氏は
洒落ていますが、休みもなく働く運転手さんは奴隷?)

更に、家族との外食に行くのにも秘書が送り迎えするとか!
何の為かと思ったら、舛添氏は金を持たずに行くこともあり
その時は秘書が支払いをするようです。(勿論、秘書は政治
資金から支払いますね)。

舛添氏は、既得権でまるで王侯貴族になったつもりのようですね
自分は手ぶら、支払いは秘書がする。運転手も秘書も
舛添氏にとっては公費で使える便利な召使いなのでしょう

かつて、政治資金で、掛け軸や版画などを多数購入していた
ことが発覚した時は、「日仏交流の材料!」と言い、漫画や
クイズ本など(計約907万円)を購入した時も、仕事用の資料
だから「問題ない」「問題ない」と言い逃れをしてきたもよう

問題があるかないかは、司法が決めることですね
もう、この辺で舛添氏の年貢の納め時にしてほしいものです!

   





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2016年05月09日

パリはマロニエの季節

パリはマロニエの花が満開になってきた
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樹齢は何十年になるのか、すごい大樹になっているのもあり
その大樹の枝いっぱいにマロニエの花が咲いている
たわわな花に枝が折れないかと思うほどです
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フランスのゴールデンウイークは木金土日と4日間
ありましたが、連日、晴天に恵まれてラッキーでした

日曜日は、今年初めてのピクニック
たくさんの人出でした
庭園では元気の良い声と音楽に乗ってジムナスチック
(体操)が開かれていました
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楽しそうなので参加してみたけどついて行けません
頭ではリズムに乗れるけど、体がついていけない
年をとるって、体が頭と一緒に動かなくなるんですね

始めて、スマフォでビデオを撮ってみました
あれっ、ブログに貼り付けられない?
まだまだ勉強が足りませんね

パリも、やっと温かくなってさまざまな種類の花も
次々と咲き出し美しい季節になったので、ベトナムの
気候を羨まなくても良くなってきたようです・・・ 😃



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2016年05月02日

adieu(さようなら)、ベトナムの小島

4月に2週間の素晴らしいバカンスを過ごしたフーコック島
(地図上ではカンボジアの下)は、砂浜と穏やかな海、常夏の
太陽があるのみの小さな島だが、今後、一大リゾート地として
開発する計画のようで、空港も道路も拡張工事、沿線沿いには
大小のホテルなどをずらりと建設中です!

「そんなにホテルを建てて大丈夫?」と心配するくらい・・
ホテルの客は殆んど欧州系だったが、欧州はまだまだ
不景気なんですけどね・・・。それに太陽と砂浜だけで
2〜3週間も満足するのは欧州人くらいでしょうしね

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ホテルの敷地内は、美しい静かな別天地だが、一歩外は
いたる所、工事中で道路は歩道も掘り返されている状態
そのせいか街に出る観光客はあまり多くないようだった

街と言っても、島の中心街にあるナイトマーケットか、
幹線道路沿いに並んでいるレストラン街だけだが
ホテルばかりでは飽きるので、時々は外に夕食に出る

そんな中で1軒の寿司屋さんを発見!、若いベトナム人の
経営のようだが、日本人がほとんど来ない(いない)小さな
島でわざわざ寿司屋を経営するなんて、「寿司」は、すっかり
国際的な食べ物になったのですかね?

サイゴンの街には日本の企業も日本人も多いようだが
飛行機で40分のこの静かな島まで、休暇に足をのばす
日本人はいないらしい。

恐る恐る入ってみると、テーブルはベトナムの小さなテーブル
と低い椅子だが、壁にはウチワやすだれ、たくさんの浮世絵が
飾られ、純日本風なインテリア、店もこっざぱりと清潔でした!

安心して、まずは日本のビール、それから私は煮込みうどん
彼はお寿司を注文したが、予想以上に新鮮で美味しかった!
「はい」「はい」と小腰をかがめて、礼儀正しく注文を聞く
お兄さんの態度は行儀の厳しい日本で躾けられてきたみたい!
日本で修行をしてきたのかと聞くと、日本ではなくカンボジアの
日本レストランで修行したという。

カンボジアはまだ知らないが、カンボジアもベトナムにも
日本文化は深く浸透しているのかもしれません

このお兄さんの優しそうな笑顔がとても美しかったので
3度も通ってしまいました。結構、現地の人が食べに来ていて
お酒を飲みながら刺身をつまんでいたり、カツ丼を食べたり・・・
何だか日本の庶民的なレストランの雰囲気でした

戦争中、ベトナムに来た日本の兵隊さんは、しばし
故郷に帰ったような雰囲気を味わったかも・・・、
なんて考えてしまいました。

ベトナム人の笑顔はとても美しい人が多かったが
それも純真な笑顔、まだ純真な人が多いのかもしれませんね

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2016年05月01日

浜辺でマッサージ三昧

さて、2週目はゴミの浮かばなくなった美しい海で
午前中は泳いだり、パラソルの下の長いすで読書をしたり・・・
のんびりくつろいでいるとマッサージのおばさんが来た!
「200000ドンでグッド・マッサージをする」と親指を
立ててみせる

気候は丁度過ごしやすい時期だったが、欧米のシーズンから
ずれているのか、沿岸沿いの各ホテルにも客が少ないようで、
浜辺の寝椅子も、レストランも空いている
お陰でおばさんのマッサージの仕事もあまりないようだ

値段も安いし「OK」と言う。200000ドンは8ユーロ
8ユーロで1時間のマッサージ、安いです!。
サイゴンのマッサージ店でも同じ値段だったが、ベトナムの
金額は0が多すぎて分からない!。0の数を見ると恐くなるが
ユーロに直すとビックリするほど安い・・・・

物価が、かなり安いベトナムでは多少贅沢してもパリに
比べれば安い、安いと私たちは喜んでこの時とばかり、
爆食、爆飲、爆マッサージ・・・・?

難しくない客と見て、おばさんはそれから連日、
「今日もマッサージするか?」とやって来た
結局、マッサージを5日間、毎朝してもらった

5日間で40ユーロ、パリの1回分にもならない。
お互い、カタコトの英語なので意思疎通は難しいが
すっかり顔なじみになった。

最後の日、もうこれで最後だと言うとガッカリしていた!
おばさんは「この島から出たこともない」という。

この小さな島から出たことがないなんて・・・  😞
私が、もう少しお金持だったら、このおばさんをサイゴン
(ホーチミン市)見物にでも招待してあげたいと思うけど・・・

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